
| このぺージの最終更新日: | 2010/03/01 21:47 |
| 九州可積分セミナーのページの更新日: | 2010/02/05 17:17 |
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「可積分系」と呼ばれる,厳密に解ける微分方程式や差分方程式の研究を行ってきました. 通常,与えられた微分方程式や差分方程式を満たす函数(解)をあらわに作ることは極めて困難で, そもそも特別な場合を除いてそのようなことは初めから期待しません. そこで,通常は函数解析をベースとした解析的な手法や数値解析などさまざまな手法を用いて解の性質を調べます. ところがある種の方程式は,解を初等函数や特殊函数などよい性質を持つ函数を用いて厳密に書き下すことができ, そのような函数方程式を「可積分系」(integrable systems)と呼びます. この概念自体は19世紀の古典力学の研究に遡る由緒正しいものですが,このようなことが起こる背景には奇跡ともいうべき大変よい数理構造, 象徴的に言えば 「無限自由度の対称性に支えられた無限次元の空間の数理」があり,同様の構造は見た目や現れ方が異なっていても 広い範囲の数理科学に現れることがわかってきています. その構造の帰結の一つが,粒子と波動の両方の性質を持つ不思議な「ソリトン」と呼ばれる波が織りなす非線形波動現象で, 現在ソリトンがカオスやフラクタルなどと同様に非線形現象を記述する基本モードの一つとして認められていることはよく知られている通りです. 歴史的にも上記のような数理構造はソリトンを記述する非線形偏微分方程式(ソリトン方程式)の研究から発見されたものです. 可積分系の研究は,背後の数理構造そのものの研究,特定の方程式の背後の構造の解明,同様の数理を共有する新しい方程式やその解の探索, そして数理科学・数理工学のさまざまな分野との相互作用などが渾然一体となって進みます.
なお,上の「τ函数」は,可積分系の理論でもっとも基本的な函数で,可積分系の構造(からくり)を一身に体現しているものです. 2010年1月に中国の紹興に出張したとき,紹興文理学院(Shaoxing University)の 書道専門学部「蘭亭書道芸術学院」の学生さんに書いていただきました.
可積分系の理論では,解や背後の構造を保ったまま微分方程式の独立変数を離散化するという手法が進んでおり, 多くの可積分な差分方程式が提出されています.さらに,最近では 「超離散化」 と呼ばれる一種の極限操作を用いる手法により,背後の構造を保ったまま従属変数(場の量)を離散化して, 微分方程式を組織的にセル・オートマトン化することさえできるようになってきました. 私はこのような可積分な離散系に興味を持ち,背後の構造の解明や応用を目指して研究を行ってきました.
パンルヴェ方程式,離散パンルヴェ方程式の研究 (1993 -)
パンルヴェ方程式は,その解が ベッセル函数やエアリ函数などの特殊函数の非線形版ともみなせる, よい性質を持った6種類の2階非線形常微分方程式のファミリーです. 1990年代からその離散版とみなせる2階非線形常差分方程式が数理物理学に関連した研究からぞくぞくと見つかりました(離散パンルヴェ方程式). 離散パンルヴェ方程式は,当初は方程式だけがたくさんあって(100個以上あると噂されていた),海のものとも山のものともわからないものでした. 私は一般的な理論が全くない頃から,個別の方程式に対して厳密解を具体的に構成し,その構造を足がかりに背後の一般的な構造を調べるという流儀で, いろいろな人と共同研究をしながら離散パンルヴェ方程式の研究を行ってきました. 例えば B. Grammaticos (University of Paris VII), A. Ramani (Ecole Polytechnique), J. Hietarinta (University of Turku, Finland)といった方々です.そうこうしているうちに優秀な数学者, 特に日本の数学者が多く研究に参加し, 現在では有理楕円曲面(の拡張)という大変性質のよい代数曲面の幾何で統制される極めて豊富な数理が内在することがわかってきました(坂井理論).
この10年ほどは神戸大の 野海正俊さん ・ 山田泰彦さん ・太田泰広さん, 青山学院の増田哲さん と共同で,離散パンルヴェ方程式の対称性や超幾何型特殊函数で表せる特殊解の研究などを行ってきました. その中でも,例えば(1) E8(1)型アフィン・ワイル群対称性を持ち, 2階のパンルヴェ型の微分方程式・差分方程式の頂点に位置する「楕円パンルヴェ方程式」は坂井秀隆さんがその存在を示したものです. それはあまりにも巨大な方程式で取り扱いにくいものでしたが,うまいワイル群の表現を作って何とか方程式を具体的に書き下したこと, (2) 楕円パンルヴェ方程式の時間発展を動く楕円曲線のファミリーの上の加法定理として定式化し,超幾何解を具体的に作ったこと, (3) 全ての2階パンルヴェ型の方程式の超幾何解を構成したこと,これらの成果は一つの到達点です. 特に楕円パンルヴェ方程式の超幾何解は楕円テータ函数を係数とする級数で表される「楕円超幾何函数」で表されますが,この函数は 2階の(差分または微分)方程式で統制される超幾何型特殊函数の頂点に位置すると考えることができます. その他いろいろな成果を得ましたが,やってもやっても研究テーマが尽きないというのが実感で,まだまだ現在進行中です.
離散ソリトン系の研究 (1992-3, 1997-2000, 2007-)
非線形波動ソリトンを記述する偏微分方程式(ソリトン方程式)には多様な厳密解が知られています. 背後には,アフィン・リー環という無限自由度の対称性が作用する,普遍グラスマン多様体と呼ばれる無限次元の空間があります. このからくりは1980年代初頭に佐藤幹夫先生を始めとする京都大学のグループによって発見されたものです. 一方,この構造を保存したまま偏微分方程式の独立変数を離散化して差分方程式にするという手法が広田良吾先生によって開発されました. こうして得られる差分方程式を離散ソリトン系と呼びます. ところで,ある種のソリトン方程式は,空間中の曲面を記述する方程式として幾何学の枠組みで19世紀には既に知られていました(ダルブーやベックルントなど). そこで,離散ソリトン系と整合するような曲面の理論の離散化が1990年代から展開されてきました(離散微分幾何). さて,通常離散ソリトン系では独立変数のなす格子の間隔が定数です. ところが,幾何学などの枠組みで自然に現れる方程式では格子間隔が対応する独立変数の任意函数ですが(不均一格子上の差分方程式となる), そのような拡張を施した離散ソリトン系は実は解がよくわかっていませんでした. 最近そのような方程式の研究に取り組み,ソリトン解などの厳密解を作ってみたところ, 予期しなかった興味深い構造が現れることがわかりました.現在,離散微分幾何などに応用ができないかを検討しています.
可解カオス系の研究(2008 - )
「カオス」と「可積分性」は何となく対極的な概念であると思われているようですが, 実はそうではないのではないかという疑問を修士の頃から心の片隅に持ち続けていました. 例えば,吉田春夫さんの「力学」には保存量が十分にあるのに軌道が指数函数的に離れていく力学系の例が書かれています. 一般解が初等函数で厳密に書ける「可解カオス系」というものもあります. そういうものは可積分系のように厳密に取り扱えるのではないでしょうか. そのような系を何か自分なりに研究していけないかと,糸口が見えてくるのをぼんやりと待っていました.
さて,九大数理の津田照久さん, 阪大基礎工の野邊さんと議論というか雑談をしていたとき, ある1次元可解カオス系の写像と解がセットで超離散化できることがわかり, その副産物として区分線形な可解カオス系の背後のトロピカル幾何学的な構造を抽出することができました. 今のところまだ解釈学に過ぎませんが,これが伸びると面白いと思います. 可積分系の立場から言えば,超離散化を可積分系以外に適用して理論的に意味のある結果を出した(多分)初めての例ではないかと思います.
ごく最近,2次元の写像(2階の差分方程式)でよい例を作ることができました. もちろんカオス系で,有理写像のレベルだけでなく,区分線形写像のレベルでもトロピカル幾何学的にとてもよい性質を持っています. 有理写像の一般解はもちろんある楕円函数で書かれますが,区分線形写像のレベルでも,超離散化の際の「負号の問題」を乗り越え, 「超離散テータ函数」で書かれる解が極限で生き残ります. 背後には19世紀以来,現在でも「数学の華」と言ってよい楕円曲線,楕円函数,テータ函数の世界とそのトロピカル化があります. Jacobi 全集に書かれているような古典的な結果の再発掘をしたり,現在発展中のトロピカル幾何の理論を使ったり, とても面白い計算ができて楽しく研究をしています.
現在まで の Publication List はこちらにあります.
パンルヴェ方程式に関する文献はいくつかあります.日本語のものについては 筧さんのページを見るとよいでしょう. 大阪大学の大山さんのページ には歴史的なものも含めて多くの文献が挙げられています(よくここまで探したものです.すごい…). ベースとなる数学の知識や興味によって異なるとは思いますが,岡本先生の「序説」は有名な古典, 入手しにくいかも知れませんが,手元に置いておきたいですね.この本で使用されている「岡本フォント」も有名です. または 野海さんの本の前半あたりから入る手もあります(後半は少し難しい?).
ただし,坂井理論で明らかにされたように,パンルヴェの世界は離散が基本だと思います. 従って,今から勉強を始めるなら離散から入ってはどうでしょう.とは言え, 離散可積分系や離散パンルヴェ方程式について日本語で書かれた本はほとんどありません.すみません. 逆に,この分野はある種の数学のように,簡単な本を読み込んで難しい本に進み…といったような勉強はまだしなくてよいのではないかと思います. まだ新しい分野ですから,基礎知識をあまり必要としない論文が多くあります. それでもしかし…例えば坂井理論をちゃんと勉強しようと思えば,やはりきちんとした勉強が要りますね (坂井理論を完全に理解しないと研究が始められない,という意味ではありません).まぁとにかく,まだ決まったルートはない,ということです.
離散パンルヴェ方程式に関してはずいぶん昔に 「離散パンルベ方程式 -- その多様性と今後の展望--」 という報告を書きましたが,これは1997年2月の時点での話ですので,さすがに賞味期限切れです. 今からこれを出発点に勉強してはマズイ.ですが,12年前にどういう混沌状態だったかを知るという意味では参考にはなるかも知れません.
それ以後の成果の中で,平面3次曲線の幾何を使った定式化(離散パンルヴェ方程式が動く3次曲線のpencil の上の加法定理として定式化される)と, それを応用したq-パンルヴェ方程式の超幾何解(超幾何函数で表わされる特殊解)の解説論文, それからその証明も含めたより詳細な論文も合わせてご覧下さい.概要だけでもつかんでいただければと思います.
せっかく作ったからには何か役に立てばと思い,公開します. 論文ほど気合いを入れて校正していないので誤記などが残っている可能性が高いですが, モチベーションや話の流れをつかむには役に立つかも知れません.